生産性があるのか無いのかわからない私の叡知

あたしは暇になると折々自分で考えた面倒に自分で答えて見るというレクリェーションをします。面倒といっても耐え難いものではなくて小学校や、はからずも保育園の子供たちでも答えられそうな内容のものが多いです。
思わず近年出した面倒はシンプルな二者択一問題で「こういう世界中に良い人と悪い人とどちらが多い?」とか「国語と算数、正しくどっちが好み?」とかだ。すばらしい時代をしてそんな独力レクリェーションを真剣にやってしまって掛かる自分が何となく恥ずかしくもなるのですが、解答を考え中のあたしからは恐らく傍らが音を賭けるのをためらうほどの陰気臭いオーラが出ている筈で、そのこともまた二重に照れくさいだ。
情けないことを真剣に感じる人の中には逸材肌の人が多いといつかなにかで聞いたことがあるのですが、今までの事例から考えても自分にはその線は強制無いなと思うと、空しさが3割り増しくらいになります。だったら最初からこんなレクリェーションをしなければいいのですが、思わず情けない面倒が頭に浮かぶのでつい解答を見まがうようになりました。